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連続小説「Sailboat and my life」第四話 フェアウェルパーティー(前編)

今日のボスのスタイルはいつものグレーフランネルで、チョークストライプのダブルのスーツ、ワイドスプレッドの仕立ての良い120番手の英国の生地のシャツを着ていた。よく見るといつものシャツとは違いダブルカフスのものだった。

ネクタイはネイビーにシルバーの水玉で、プリントではなく刺繍のものである。胸ポケットには白のシルクのチーフを、アイビーフォールドにして少し浅めに入れていた。足元はエドワードグリーンの黒のストレートチップである。

ボスは大の英国好きで、シャツも靴も英国製の物を好んでいたが、スーツだけはコープリープレイスのラルフローレンのものを愛用していた。

いつものように隙のない着こなしだ。他のマネージャーと同じ席で、いつものようにレッドソックスの話をしながら、ワイルドターキーをオンザロックで飲んでいた。

ボスは何ゆえ、私たちを置き去りにしたまま去ってしまうのか?

一カ月ほど前からボスのすぐ下のディビジョンマネージャーから噂を聞いていたが、まさか本当だったとは夢にも思わなかった。

事実、いや現実とはこんなものなのか?

不思議なことに、別段寂しくも辛くもなく、かといって明日のわが身を気にする訳でもなかった。早くから知っていたからなのか、自分においてはなんの変化も感じなかったし、さらなる未来に何が起きるのかまでも想像も出来なかったし、しなかった。

ボスの退社が確実になった時には、他の先輩やマネージャー達が何の用もないのに私のオフィスに来て、声を合わせたように皆がこう言ったのだ。

「マイク君、これから君はどうするの?」

全く意味の分からない事を聞くのだ。私はその都度こう答えた。

意味がよくわかりません。どうするかと言われても、朝起きて娘とかみさんにキスをして、車のエンジンをかけ渋滞にならない事を神に祈り、駐車場に時間通りに来るだけです。

後は部署の成績を維持し、会社の目標の数字をクリアしていくだけです。今までと何も変わりはありませんが。

そう答えると、皆拍子抜けしたような顔をして私のオフィスから去るのだ。もちろん私だって先輩達が何を言いたいのかは良く分かっていた。私のことをボスの忠誠なる子分と誰もが思っていたのだ。

その答えはYESでもあるしNOでもあった。何故なら私はどこかで一匹狼を演じていたかったのかもしれない。ボスのことは純粋に尊敬していたし、男としてもリスペクトしていたのだが、100%のイェスマンではなかった。

組織において自分の立ち位置を皆は常に気にしている。それがコーヒーひとつ買いに行くだけでも、自分一人で行くのか仲間に声をかけるのか、それとも男っぽく金を渡し、アシスタントの女の子に今日は何がいいのか聞いたりして、良い顔をしたりもする。

そんな事はよく理解していた。そんな先輩達を否定しようとも思わなかったし、それをマネようとも思わなかった。ボスにはとても可愛がられていたが、特別に昇進したり出世をさせてもらったりなどもなかった。

それを言えば人事には納得できない事の方が多かった。新米の頃は仕方がないにしろ、2~3年たってくるとどうしてあの先輩があのポジションなんだと気に入らない事の方が多かった。

これから会社はかなりベクトルが変わっていくだろうと私は思った。それが先輩達にとっては椅子取りゲームの始まりを意味していて、誰もが私を味方に入れようと見え見えの声掛けも何度もあった。

「俺についてくれば間違いないぞ」「あいつの部署では出世ができないぞ」と、そんな風にさえ聞こえてきた事もあった。私は仕事は苦手だが、チームワーク作りや、役員達と仲良くする事は特技であった為、上層部の情報を私に聞きたがっていたのだ。

ボスは私が、ボスよりも更に上の上司に可愛がられていた事も十分に知っていた。

そもそもトップの役員は、離れていく者には無駄に声もかけず、また追わず、来るものは拒まなかった。

新人の頃にイベントで大声をあげて呼び込みをしていると、品がないと役員から怒られたが、気にせず大声を出して働いていたら、晩飯に行こうと声をかけてくれて、酒もよく飲ませてくれた。ちょくちょく顔を出していると意外と可愛がられたものだ。

副社長には、とにかく可愛がってもらった。副社長は私を部屋に呼んでくれて、自らコーヒーを入れてくれ、その度に、自分の淹れる珈琲はスターバックスよりも出来が良いと自慢していた。

そしてグループ会社の商品の事など、多くの事を話してくれた。中間管理職になったばかりで、右も左も分からない私に。

続く

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