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連続小説「Sail boat and my life」第二話 ラジオ

06/18/2022

朝一番にアンティークラジオから流れてきたのは、「エンド・オブ・ザ・ワールド」であった。毎朝流れてくるカントリーソング。

特別にカントリーソングが好きだった訳でもなく、この部屋にあった古びたラジオのチャンネルが、たまたまこのカントリーチャンネルだった。

この家は、元々私の家ではなく、他人の家だ。訳があり私が住んでいるが、もとの住人は誰もいない。ここに帰ってくることもない。何気なくカントリーソングを流すことになったのは、ここにきて半年が過ぎた頃からである。

この国の人々は特別な感覚でカントリーソングをとらえている。誰もが子供の頃から耳にするカントリーソングを、否定しようとする者は若者にもほぼいない。しかしながら、若者たちがカントリーを口ずさんでいるかと言えばそれはNOである。

この国の若者たちからヒップホップが消えることは今のところ考えられないが、日本の若者同様、カントリーも日本の演歌のように、一部の若者たちにしか愛されていないことも事実である。

ただしアメリカの若者達のほうが日本の若者達よりも、物事を頑固に強情にとらえる人が少し多いのかもしれない。

私は、新聞も雑誌も読まず、テレビにも興味がなく、音楽などもほとんど聞かない少し変な野郎である。情報と言うものと無関係に生きている。

誰もいないこの部屋では、たいしてやることもなく、週のはじめに決めた船の整備を、終わらせれば特にやることもなく、友より電話が来れば、車いじりや庭の掃除などを手伝うくらいである。

カントリーソングが流れる古びたラジオの上は、コットンツイルのベースボールキャップ置き場となっている。油シミがつき、かなりくたびれて、星条旗のワッペンも色褪せてはいるが、友人から渡されたこのキャップを、いつも手に取ってしまうのだった。

キャップ置場と化していたラジオの埃が気になり掃除をしたところ、何となくこのラジオが使えるのか?音は鳴るのか?気になり、スイッチを入れてみたところ、雑音と共になんとも心地の良いカントリーソングが流れてきたのだ。

掃除をする事によって知ったのだが、置物の台替わりに使っていたラジオが、実は蓋を開けるとレコードプレーヤーになっていて驚いたものだ。

それがここに来て半年が経った頃。それからというもの、毎日毎朝この時間になると、葉巻を咥えながらラジオを聴くことが、日々の習慣になっているのだ。聞いているというよりも、聞き流してると言ったほうが正しいのかもしれない。

流れる曲の歌手が、誰でどんな題名で、演奏は誰?などと細かい事は考えず、ただただ流れてくる曲に合わせてハミングすることが、とても心地良いのだ。

流れている曲「エンド・オブ・ザ・ワールド」は私が子供の頃に何度も耳にし、今も暮れが近くなると町中でよく耳にするが、いろんなアーティストが歌っている。

今朝のエンド・オブ・ザ・ワールドは「スキーター・デービス」だ。

彼女の声はせつなく、そしてとてもチャーミングだ。ブレンダ・リーが歌うこの曲もかなり有名だけれども、私はスキーター・デービスに一票。

オリジナルがどちらなのかは知る由もないが、たしか元歌はスキーター・デービスのはずである。定かではないが気にしてもいない。

私が知っているだけでも、カーペンターズ、ロレッタ・リン、ボビー・ビントン、、パティー・ペイジに先にも述べたブレンダ・リー。まだまだいるはずである。それだけ名曲なのだ。

まだ私がエレメンタリースクールにも上がらない頃から、ウッドのラジオから流れていたことを覚えている。

母がキッチンで口ずさみ、親父がリビングで新聞を読みながらハミングしていたような記憶が残っている。

この曲はいつまで聞いていても飽きがこないし、いつまでも聞いていたい曲なのだ。とにかくこのリズムが心地が良いのだ。私の大好きな曲の5本の指にはいる曲である。

エンドオブザワールドといえば思い出すことがある。今から30年前のことである。いやもっと前かもしれない。私がまだ都会で働いているころの話だ。

第3話に続く

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