アウトドア キャンプ

コールマンのランタンと三菱ジープの思い出

今から30年以上前の、ちょっと "やばかった話" 。コールマンのランタンとティンバーランドのイエローブーツを見ると思い出す話と愛車だった三菱ジープの思い出。


目次

  • ジープとの出会い。
  • 北海道でジープオーナーに。
  • キャンプの日。
  • 無線で救助要請。
  • まさか??
  • タグチ発見!!
  • ジープ救出大作戦。
  • いざ、救出。

ジープとの出会い。

私が30代前半の頃、町田市で SJ30JC (スズキジムニー) に乗っていた。そんなある日、小田急線の百合ヶ丘駅近くの王禅寺で、凄くカッコいい車を発見した。

あまりのカッコ良さに、追跡してしまった。王禅寺の坂で、追いついては離され、離されては追いつきを繰り返しながら、ひたすらそのカッコの良い車を追いかけた。

追いかけ続けること、おおよそ15分。とうとう道が行き止まりになり、車は停止した。

私はチャンスとばかりに車を降りたが、その車から血相を変えてオーナーも後車してきた。「おい!!なんだよっ!!」と大きな声で、こちらに近寄ってくる。

やばい完全に切れている!!完全に怒ってる。そりゃそうだろう、いきなり知らない車が追いかけてくるんだから、当たり前のことだ。

そのカッコの良い車が気になってどうしようもなかった私は、キレているオーナーの事は全く気にせず、オーナーに近ずき私は言った。

「 車かっこい~~~。この車は何ですか?」

これは私が後に全塗装したものだが百合ヶ丘で見たものは同じ白の三菱ジープだった

「え~~~~~???」

怒り100%だったオーナーは一瞬、拍子抜けした表情をしたが、すぐさま笑顔に変わり”三菱のジープ”だよ!これは日本で唯一ジープと呼べるものなんだよ!と教えてくれた。

順番が反対で無礼だが、「追いつめたみたいで、ごめんなさい。」と私は謝った。

「いやいや、追いかけてくるのに気づいて、始めは気持ち悪かったのだが、そのうち腹が立ってきて、まさか車のことを聞いてくるとは思わなかったんだよ」と優しく笑顔で答えてくれた。

とにかくカッコよくて、図々しくも中まで見せてもらった。

丁度その頃、北海道に引っ越す事を決めた時期でもあったので、北海道では必ずこの車に乗ろうと決めて、ジープとはお別れした。

北海道でジープオーナーに。

早速、北海道の友人に調べてもらうことにした。そうすると一言。「そんな車、田舎に行けばどこにでも捨ててあるし、安く買えると思うよ」と言われ驚いた。北海道の人はこんなにカッコの良いものを捨ててしまうんだ。とても信じられなかった。

その1週間後、いいのが見つかったという知らせが来た。走行距離はたったの5万キロ程。中古車屋がハンターに直接販売したもので、そのハンターは歳をとり乗らなくなったジープを10年ほど車庫にしまったままにしており、処分しようとしていたタイミングであったというのだ。

ワンオーナーでコミコミ50万円、車検も1年付きという代物だった。私は写真でしか見ることが出来なかったが、もちろん即決した。ほぼただのようなものだった。ほんの少しだけ錆があったようだが、そんなところも綺麗に直してくれた。まさにピカピカ、ベンチシートでご機嫌だった。

嬉しくて嬉しくてすぐにでも北海道に引っ越したくなっていた。

まさか、今のようにレストアしたジープが200~300万円になるとは、夢にも思わなかった。

そして、私は北海道で三菱のジープオーナーになった。とにかく気に入って、家族でキャンプに何度も出かけた。山に川に,海に、草原に色んな所でキャンプをした。アメリカのヨーレイカのテントを積んでコールマンのツーバーナーにランタンにシュラフにテーブル、クーラーボックスにホーローの食器。当時から使っていたものを、今でも全て使っている。

そして北海道に越して初めての冬、「とある場所に登山者のための避難小屋があるから、クリスマスイブに山小屋でキャンプしないか?」と友人の中村さんから誘われた。

中村さんは、4歳上で山岳屋であり、フィッシャーマンであり、ハンターであり、アウトドアーの達人である。今から30年前の話だが、その頃すでに"オールドタウン"のカヌーも持っていた。大学時代に北海道の川をすべて釣りして回ったそうだ。釣りに関しては餌、ルアー、フライ何でも来いだ。そして、同じジープに乗っていた。

クリスマスが過ぎると雪が多くなり、林道に入るのが困難になるため、イブに相棒のきんちゃんと3人で行くことに決定した。

キャンプの日。

車は中村さんのJ38ガソリン車、コールマンのキャンプ道具を詰め込んで、PM8時に出発。街を出て郊外に行くと、すぐに雪が降ってきた。更に1時間ほど走り、林道に入る頃にはものすごい勢い雪に変わっていた。坂を上がり大きな分岐点を右に曲がり、そこから8km程登った地点で、車でラッセルできなくなるほど雪が積もってきた。

"バックしては進み"を何度も繰り返しながら少しずつ山を登ったが、バックした時に林道の側溝にはまってしまい、前にも後にも全く動かなくなってしまった。天気予報ではそんなに降る予定ではなかったので、チェーンも忘れ、大きいスコップも用意していなかった。備えを怠った我々に、雪の神様は試練を与えた。

タイヤ回りを掘ってみたり押してみたり、色々と試行錯誤してみたものの、まったく動じず、お手上げ状態になってしまった。山小屋のすぐ傍まで来ていたのは、なんとなく分かっていたが、誰もそのことを口にはしなかった。

さあどうしよう。このまま車で朝を待つのか?しかし、ガソリンも朝まで持つ保証はない。どうするべきかを悩んでいる最中も、雪は深々と降り続いていた。

無線で救助要請。

幸いにして、中村さんの車にはアマチュア無線がついていていたので、応援を呼ぶ為に交信することにした。海上の救難パンパン(救助要請)に近い状況で、すでに夜9時を回っていた。今のように携帯電話もない時代、あっても電波が繋がるか分からない山の中。

繋がる事願い、とにかく「CQ、CQ」とコールを繰り返していると、ある方(X氏)と無線で繋がる事ができた。状況や事情を説明したのち、X氏に、友人のタグチの自宅に電話をしてもらい、言付を頼んだ。

タグチに、O氏と連絡を取り、必ず"二人で"ここに来るように無線で頼んだのだ。

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タグチも無線を持ち合わせていたが、こちら側の中村さんの無線と、タグチの無線は、周波数が合わず連絡を取ることが出来なかった。

X氏に間を取り持ってもらい、中村さん⇔ X氏 ⇔ タグチといった具合に、連絡を取った。タグチとは直接連絡出来なかったが、タグチとX氏とのやり取りはこちらの無線で聞く事ができた。

長い間、X氏とタグチのやり取りを聞いていたが、突然、やり取りが途絶えた。

まさか??

まさか??ひょっとしてタグチまでもが林道で埋まったのでは????我々はかなり不安になっていた。この時ばかりは、本気でビビった。

しかしながら、ただ、ビビッていても仕方がないので、車を置いて山を下りることを決めた。

食料と水、そしてガソリンを満タンにしたコールマンのランタンを片手に、山を下った。

深々と降り続ける雪は、膝上まで達していた。雪をかき分けながらとにかく必死になって歩いた。先頭をゆくのは、相棒のきんちゃん。一番軽いのですたすたと進んでいく。続いて私エディーだ。きんちゃんがかき分けながら歩いた道を踏み固めがら、続く。一番後ろが中村さん。中村さんは少しばかり重かった。多少、踏み固まった道を、何度も何度も埋まりながら休み休み、山を下りた。

真っ暗闇の中、ランタンの明かりだけが頼りだった。3人皆、それなりにアウトドアーの自信はあったが、"服装が、寒さや水にいつまで耐えられるのか?"という点に関しては、結して自信はなかった。ただ3人ともティンバーランドのシンサレートブーツを履いていたので、足元には少し自信があった。

とは言え、この状況下で実際どれくらいの耐久性があるのかは、試したことはなかった。

Timberland シンサレートブーツ

タグチ発見!!

そして歩く事、約4時間。山を下り続けてきた我々の前に、小さな明かりが見えた。

"きっとタグチに違いない!!” 我々が手を振ると、遠くで手を振り返してきた。

よかった。とにかくよかった。

近寄っていくと、思った通り、タグチの車も雪に埋まり、身動きできずにいた。

我々の心配は、良くも悪くも的中した。歩いて下山するという判断は正しかった。私とタグチは抱き合った。

そこで、もう一人 "O氏" の存在がない事に気づく。なんとタグチは一人で救助に来てくれていた。話を聞くと言伝はきちんと伝わっていなかった。この山小屋までの道を間接的にアマチュア無線で聞きながら分岐点までやってきたのだ。

一つ間違えればタグチも遭難し、我々よりも窮地に追い込まれることになっていたかも知れない。何と凄い勇気だろう。今でも感心する。

この分岐点より上は、タグチの車では厳しいと判断し、ひとまず山を下りる事決めた。下りの車内で、埋まったまま置いてきた中村さんのジープを、どうするか話し合ったが決定的な話にはならなかった。

イメージ画像で 林道なのでここまでではないが同じ日高山脈である

ジープ救出大作戦。

変わらず降り続ける雪で、事態はますます厳しい状況になってきた。

中村さんは皆に迷惑がかかる事を気にかけ、雪が止んだら何とかすると言い、さらには春になり、雪が解けるまでそのままにするとも言いだした。確かに、このまま雪が降り続ければ、取りに行くことさえも、ままならなくなる。林道なので、簡単に除雪は入らないのだ。

しかし、ジープがなければ中村さんの翌日の仕事にも差しつかえる。なんとも言えない心境であっただろう。

私のジープで引っ張ることは、ウィンチが付いてないので断念。色々な案を考えたが、どれも、ジープを救出できる案には至らなかった。

話し合いが続いたのち、中村さんの弟分 S氏 が "ウィンチ付きのジープ" を持っている。という事を思い出す。だが、時刻は朝方の4時頃。さすがに起こすわけにいかないとあきらめかけたが、なんとっ!!中村さんは、そのジープの合鍵を持っているというのだ!

そうともなれば、事は後で伝える事として、勝手に借りることに決めた!

一番前の車がS氏のジープ ウィンチ付き 中村さんのジープにはオールドタウンのカヌーがいつも乗っている

そして、勝手に借りたジープに乗り、我々は再び林道に向かった。今度はチェーンを装備して、スコップも用意した。何度も埋まり、除雪を繰り返しながら、雪を越え、なんとか中村さんのジープにたどり着くことが出来た。その頃には雪もやんでいたが、その深さは腰の辺りにまで到達していた。

いざ、救出。

埋まったジープの前にS氏のジープを止め、前後に車を動かして雪を踏み固める作業を幾度も繰り返し、引き上げる場所を作った。

そして、中村さんのジープにフックをかけてウィンチを巻き上げると、ゴゴゴ~~~という音と同時に動き出した。

そして、中村さんのジープはゆっくり側溝から抜け、やっとの思いで脱出できた。感動であった。

また下りも、ゆっくりと雪を踏み固めながら少しずつ進んだ。林道を抜けた頃には朝を迎え、すっかり明るくなっていた。

中村さんの弟分S氏、アマチュア無線のX氏、タグチ。皆には本当に迷惑をかけてしまった。中でも、タグチにはさらに心配と苦労もかけた。皆のおかげで、帰ってこれた。感謝の一言である。

そんな若かりし頃の不祥事を、コールマンのランタンとティンバーランドのイエローブーツを見るたびに思い出す。三菱のジープの思い出と共に。

- 完 -

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