HOBBY&昔話 ヨット昔話

アウトドアとヨット遊び 若き日の思いで

Yacht Life

アウトドアの遊びの中にヨットがある。良く間違えるのがアウトドアと言うと山系を連想したりキャンプを連想したりしてしまいがち。だけどアウトドアはかなり範囲が広く外で遊ぶものはすべてアウトドアであるのだ。アウトドア好きの方、アイビー好きの方もちょっと、ヨットに興味を持ってくれたら嬉しい。今日は、ヨットの若きの日の思い出話。


目次

  • "ヨットマン"になった理由。
  • Aとの出会い
  • 人生初は、Y15。二人乗りのディンギー。
  • 速さの単位は、ノット(knot)。
  • 事件が起きる。
  • 運よく救助される。
  • 忘れられない言葉。
  • そして、今。

”ヨットマン”になった理由。

私がどうしてヨット乗りになったかというと、

高校時代にVANのポスターを見てかっこい~~~

VANグラフィティより引用

ヨットマン憧れる~~~~

そんな単純な動機からなのである。

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Aとの出会い。

そんな思いを抱いていた私は、進学で上京しバイト先で、Aと出会う。この出会いが私のヨット人生の始まりである。

Aはいつもピーコートにワッチキャップという出で立ちで、体育会なので学ランが多かったように思える。そんな A が法政大のヨット部だったのである。A とはすごく気が合い、ヨットに憧れていた私は「いつかヨットに乗せてくれ」と話していた。

人生初は、Y15。二人乗りのディンギー。

そして憧れが実現する時が来る。

葉山から森戸海岸まで、逗子行きの京急バスで心躍らせ向かったのを今でも覚えている。

初めて乗せてもらったのがY15という二人乗りのディンギーで安定性のある少し重い船だった。

当時の画像がない為、これはあくまでもイメージで、全く違うが二人乗りのしっかりしたディンギーだった。
Eddy

ディンギーとは、正式にはセーリング・ディンギー(sailing dinghy)という名称で、"風のみ" を動力とするヨットの事。

初めての体験後も、その船で何度か葉山沖のセーリングを楽しんでいた。

速さの単位は、ノット(knot)。

いつものようにセーリング楽しんでいた とある日、"30ノット" の風が吹いた。

話を進めたいところではありますが、ここでちょっとだけ豆知識

日本では一般的に速さの単位は「秒速m/s, 時速km/s」が使われる為、普通の生活ではあまり馴染みのないノット(knot)。船乗りをはじめ海事関係や漁師さんにとってノットは風速m/sよりも馴染み深い単位。

豆知識

ノット(knot)とは、速さの単位。1ノットは、正確に時速 1.852km。

1.852km という長さは「1海里」という単位で、つまり、1ノットは1時間に1海里進む速さを表す単位である。

おおよそで知りたい時は、ノット(knot)の 約1/2秒速m/sになると思って頂ければいい。

例にすると、事件の日の 風速30knot=風速15m/s となる。正式には15.4333m/s。

風速m/sknot体感天気予報等表現
510扇風機の強レベル、軽いものが飛ばされる
1020傘が折れる事がある、風に向かって歩き難いやや強い風
1530転倒の可能性、小さなもの軽いものが飛ぶ強い風、強風注意報
2040重さのあるモノも飛ばされ、歩くのが困難非常に強い風
2550立っていられない非常に強い風
3060屋外にいるのは危険猛烈な風
3565飛ばされます台風なら「強い台風」
10~65ノットまでの体感と気象庁の表現を表にした
Eddy

2段目の20knotの段階で、海での活動が制限され、ディズニーランドなどのテーマパークではアトラクションが中止になったりする事もある風速である。

話を戻して、30ノットは結構、強い風で波も大きくなる。

近くでヨットレースも行われいたが、いつの間にかレース中止を告げる、赤旗が出されていた。

そんな時にもご機嫌にY15に乗っていた。

事件が起きる。

レースも中止になるような風の中、呑気にセーリングを続けていた。強い風を受けた船は網に引っ掛かってしまう。

波の高さもそれなりであったが、海に潜り網を外したその後、船から離れてしまう。いわゆる遭難であり、Aの乗った船も流され走り出し、その後ティラーが折れ、操縦不能に。

互いに沖を漂う事になってしまった。

ティラーとは車のハンドルのようなもので方向をコントロールする。Aはセールも操れない状態になり、ヨットは沖へ沖へと流されていった。

運よく救助される。

私とAは、約一時間ほど沖に浮かぶ事となった。先に私が救助された事を考えると、Aはもう少し沖に漂っていたであろう。

救助してくれたのは、トローリング船だった。

右の船が当時のトローリング船に似たイメージ画像

Aは流されながらも私の安否をきずかい、トローリング船に救助要請をしてた。

一方の私は、潮の流れのままにただ浮かび、何もできず救助を待つだけの状態だった。しかしながら私は意外と落ち着いていて、Aの心配をしていた。

お互いがお互いを心配していた。

そしてAの要請を受けたトローリング船が私のもとに、来てくれたのである。

救助されすぐ、無我夢中でAを助けてほしいと頼みこんだ、そして、Y15 の A のもとに行き、ロープをマストに括り付けえい航した。

忘れられない言葉。

救助され、陸へ戻る中、何度も何度も感謝の言葉を繰り返した。

船長は「若い時はみんな無茶するもんだぜ! 俺も助けてもらったことあるぜ!!だから気にするな!」と。

そして船長の奥さんが一言、「お腹、空いてるわよね?おにぎり食べなさい。」

緊張の糸がほぐれたせいもあったであろう。鼻水を垂らし"半べそ"になりながら食べた。

今でも、この時の記憶は船長と奥さんの言葉と共に、鮮明に覚えている。

そして、今。

そんな体験もあったが、今も船に乗っている。あの時よりも少し大きいヨットになったが、当時と今で何も変わらない。

今のっている"EDOYAMARU”である

ただでさえ若者が少ない上に、こんな話をしたら、また若者たち遠ざかってしまいそうだが、アウトドアが好きな人にも、ヨットの世界にも興味を持ってもらえると嬉しい。

そして、アメカジアイビーが好きな人には、海も愛してもらいたい。なぜならば、アイビーの神様、JFKアメリカ第35大統領海を愛していたのだから。

我々、アイビーを愛する者はJFKも愛すべし。したがって海遊びは大切なのである。

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